「私なんて、まだまだです。」
誰かに褒められたとき、無意識にそう言ってしまう。
謙遜のつもりが、気づけば自分の価値を自分で打ち消している。
「私なんて」という口癖は、単なる謙遜ではありません。多くの場合、その裏には「本当は自信がない」のではなく、「価値を出すことが怖い」という、もう一段深い感情が隠れています。
なぜ、価値を「隠す」という選択をしてしまうのか
「私なんて」と言う人の多くは、能力がないわけではありません。むしろ、周りからは「十分すごい」と見られているのに、本人だけがそれを認めていない、というケースがほとんどです。
ここには、ある思い込みが働いています。「価値があると言った瞬間、それを証明し続けなければいけなくなる」という思い込みです。価値を出す=期待される、期待される=失敗できなくなる。だから、先に自分から「私なんて」と言って、ハードルを下げておく。
これは弱さではなく、自分を守るために無意識が選んだ、賢いやり方です。責める必要はありません。ただ、そのやり方は、もう手放していい時期に来ているだけです。
「今の自分」を否定せずに、現状を変える
ここで大切なのは、「私なんてと思う自分」を否定しないことです。「そんな風に思っちゃダメ」と自分を責めると、また同じ場所に戻ってきます。
大丈夫、今はまだ言葉になっていないだけ。今の状態を否定せず受け止めながら、行きたい未来の自分を、少しずつ言葉にしていく。この「今はここ」「行きたいのはここ」という2点を両方言葉にしてはじめて、人は無理なく動き出せます。理想だけを見て今の自分を責め続けても、同じ場所で足踏みが続くだけです。
あなたが思う「大したことない」は、他人にとっての価値かもしれない
商品やサービスの価値には、事実としての「特徴」と、それが誰かにとってどんな意味を持つかという「ベネフィット」という階層があります。この2つは別物です。
「私なんて」と言う人がよくやってしまうのは、自分の特徴(当たり前にできること)を基準に、自分の価値を判断してしまうことです。しかし、価値というのは自分の物差しで測るものではなく、相手にとってどんな意味を持つかで決まります。あなたが「これくらい誰でもできる」と思っていることこそ、誰かにとっては喉から手が出るほど欲しいものだったりします。
今日からできる、2つの問いかけ
- 「私なんて」と言いたくなる瞬間、その直前に何がありましたか?(褒められた、頼られた、など。そこにあなたの価値のヒントがあります)
- もし友人が同じことで「私なんて」と言っていたら、あなたは何と声をかけますか?(他人には言えるはずの言葉を、自分にも向けてみてください)
隠さなくていい
「私なんて」という言葉は、あなたを守ってきた言葉です。ここまで、よく頑張ってきました。
ただ、その言葉をもう使わなくても、あなたは大丈夫です。価値は、証明し続けなくてはいけないものではありません。すでにあるものを、少しずつ言葉にしていくだけでいいのです。

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